今日は母の命日 半世紀も前になくなりだんだん記憶は薄れていく
千代という名前は当時の流行であったみたい 大阪の船場で生まれよく生玉神社の
境内で遊んだと聞いた 友人の母にも千代という名前が多いと聞く
口数少なくいつもニコニコしていた 生涯洋服を着ることはなかった
夏は暑いからと思いプレゼントしたワンピースも義理で2~3回着ただけだった
孫の顔も見せられたけど・・・・・・
今と違い年金のない時代だったから父におこずかいをもらっていた
何が楽しみだったのか 何が好きだったのかもはっきり知らないのが悲しい
戦後の苦しい時代を3人の子を抱えて 頑張ってくれたんだなあと思いをはせる
お正月に 七草ナズナ唐土の鳥が・・・・・♪♪♪ とうたいながらとんとんしていたのが
記憶に残っている 歌は好きで何時も同じ歌を歌っていたよ
折角生んでもらったんだから3人で元気で仲良くしていますと一心寺の向かって右後ろの
骨仏像に報告する
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